創傷は傷床を綺麗にしないと治っていきませんので、洗浄はとても大事です。
ですが、創傷ケアをする際、洗浄は割りとさらっと割愛されがちです。
創傷・傷床の洗浄の仕方は、看護師によって実に様々です。
オーダーに「Cleanse with N/S (Normal Saline)」と入れたとしましょう。
10mlの生食(N/S)シリンジでビューと勢いつけて流す者、同じシリンジでも、ポタッ、ポタっと一滴ずつ落とす者(洗浄ではなく濡らす、みたいな感じで)、250mlのN/Sのボトルの蓋を開けて、創床の上にジャパーっとかける者、N/Sで濡らしたガーゼで傷床をペタペタする者、ちょっと気が利いた看護師だと(うちで約1名)シリンジに針を付けてビューっとやってると思われる者(と思われる。患者の部屋に針の予備が置いてありました…置いていくな~…)等々、とても様々…
皆の洗浄の仕方を同じにすることは、私の力不足もあって、ほぼ不可能に近いくらい難しいのです…。
ので、オーダーに割と細かく盛り込んで、「こうやってね、お願いしますね」と言ってます。
圧 (PSI: Pressure per Square)
洗浄に使用するアイテムによって、傷床に当たる圧は変わります。
現場で手に入る物には限りがありますが、圧は下記のような感じです。
ここで大切なのは、創床の洗浄に最適な圧は4〜15 psi だということです。
1) 12ml シリンジ + ゲージ22の針 = 13 psi
2) 35ml シリンジ + ゲージ19の針 = 8〜12 psi — いいのは大体この辺ですね。
3) 250ml N/S (Normal Saline) 生食ボトル + splash cap = 4〜15 psi
4) 60ml + catheter tip = 4.2 psi
5) Bubble シリンジ = 2 psi
6) Wound Spray ボトル = まちまち (某本に1.2psiとありますが、その数字では弱すぎて、個人的には、それはどうなんだろうと思います。メーカーからの説明は、3″の位置からの噴射で8.6 psi となっています。)
上から順番にちょっと説明を加えると:
1) 現場にあるのは10mlのシリンジなので、そのままゲージ22の針を使用すると、最適な圧ギリギリかそれ以上になります。
2) ゲージ19の針は存在しますが、現場にある針はゲージ18なので、18を使っても、最適な圧は保たれます。
3) SplashCap というのはBSN Medical社から出ている、写真のように、生食ボトルに直接取り付けて傷を洗浄できるという物です。
難を挙げると、傷の洗浄に生食を250mlも必要とせず、病院では生食は蓋を開けたら24時間しか保存しておけないので、不経済であるということ。また、傷床面積が大きめの場合は、ボトルを移動させるわけで、患者さんによってはまた創傷の場所によっては使用がちょっと厄介。というわけで、病院等でこれを購入することは無いかな、と思います。
4〜15psiと謳っていますが、実際の圧は、限りなく4psiに近いと言われています。でも、それでも範囲内です。
この商品を見る前に、某外科医(NFのところで出た医師)に、病院の250mlや500mlのNormal Saline ボトルの口に付けて使える、洗浄用のアプリケーターを開発したら、全員の圧も一緒になって経済的にもいいんじゃないでしょうか、と(割と本気で)話してみたことがあります。この外科医は、手術中に使用できるなんかの商品を実際に開発して自ら使っていたり、自分のバックパックも自分が使いやすい形状に作っていたりする人なので、どういうコメントが貰えるのかな、と思って聞いてみました。
そしたら、「中国とかそういう所で、一個15セントとかで作っても…それでも利益を取るのは大変だろう。よっぽどうまくやらないと」という感じでした。単価が安い商品は売るのも大変。と。
ああ、そっちか~、みたいな。
購入価格50セント以下の商品にそこまでのエネルギーを使うのもね…という感じです。その後、この商品の存在を知って、頭に描いていたアプリケーターとコンセプトは違ってるけど、それなりのものが無いわけじゃないんだ… と思いました。
4) これはよくPEG tubeとかをフラッシュする際に使ったりするシリンジですが、最近は、医療ミスを防ぐ目的で、Catheter tipからLuer-lock tipに代わりつつあるので(現在は移行段階)、今後、もしかしたら探しにくくなるシリンジかもしれません。
シリンジの口の形状を見たい方は、こちらのサイトに説明が載っていますので、ご覧ください。
5) これは赤ちゃんの鼻とかに使用するイチジク浣腸の形のシリンジです。これは圧が弱いのですが、時々、Q-tipも10mlのシリンジの口も入らないような口の小さい、でも深い創傷の洗浄の場合、針だとどうかな~と思う時にこのシリンジを使用したりします。口が細くてゴムなので安心してビューっとできる、というか。
6) これは、UltraKlenzなどのコマーシャルな洗浄スプレーです。コマーシャルの洗浄スプレーは、最適な圧を謳っていますが(本によっては8.6 psiとなっています)、実際は、霧のミストって感じで弱いです。4〜15psiの「範囲外」か「範囲内」か、微妙です。コマーシャルの洗浄スプレーは、圧よりも最適なpHという観点からはいいかな、と思います。
コマーシャルの洗浄スプレーの良い点は、「界面活性剤(surfactant)」が入ってることです。医師によっては、これを逆に嫌う方もいますが、これは一般にはメリットとしてとらえられています。
例えば砂利で滑って転んだ、とかの場合、デブリ―がいっぱい傷についている場合のデブリーメントが、細胞を傷つけずに楽に出来るというメリットがあります。界面活性剤と言うと、台所洗剤で傷を洗うような印象を受けますが、そうではありません。また、保存できるので、生食のように24時で捨てなければいけない、ということもないので、家庭での創傷ケアに向いていると思います。販売元は医療施設用に売っているようですが…。
実際に、医療施設内(病院又はクリニック)で、コマーシャルの洗浄スプレーを推奨する医師は、私の周りには今のところはいないです。コマーシャルな感じのを敬遠さえする医師も多いです。
Infection Control の観点から見ても、家庭用としてなら、使いやすいし、いいかなと思います。
pH
pHは、全てに影響しますが、創傷の洗浄にも大きく関わります。
Normal Saline
ご存じの通り、生食(Normal Saline, N/S)は、pH=5.5で、洗浄にはこれが最適と言われています。N/Sは、細胞を傷つけずに洗浄できる一番安全な液とされています。
日本では、生理食塩液はざっくりとpH4.5〜8となっていますが、米国の説明ではどれもほぼ5.5となっています。
pHが5.5になるには、ちょっとややこしい計算があって、これに興味のある方は、ちょっと興味深いReferenceがありましたので、ご覧になってみて下さい。私も途中まで読みましたが、長かったので途中で中断しました!
こちらがリンクです。リンクは下記にも含んでいます。
Reddi B. A. (2013). Why is saline so acidic (and does it really matter?). International journal of medical sciences, 10(6), 747–750. doi:10.7150/ijms.5868. Retrieved from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3638298/
石鹸
多くの市販の石鹸はアルカリが強く、創傷ケアには向かないとされていますが、以前、患者さんから、「うちではニュートロジーナの石鹸を使っているんだけど、それはどうかしら」と聞かれて調べてみたことがあります。
そしたらニュートロジーナの石鹸はpHが5.5でした。
でも、家庭での創傷ケア+石鹸に関しては、患者さんには「ただ普通にシャワーするだけで、シャワーのお湯でリンスされるくらいで、それでいいから。創傷部分を洗うとか考えなくてもいいですからね」と言っています。そして、シャワーから出たら、ガーゼがあったらガーゼでポンポンって感じで水分を取って、ドレッシングなりをあてて下さい、と言う感じでお伝えしています。
以前、傷が半年ぶりにやっとふさがった、という患者さんが「ああ~、これでようやくバスタブにゆっくり浸かれる」と言ったので、医師も私も同時に「ノ―!」と言ったことがあります。患者さんのケースにもよりますが、傷の箇所の肌がお湯でふやけると弱くなるので、また開いたりします。創傷の状態によって、患者さんが、単にシャワーなのか、お湯に浸かる人なのかを「毎回」確認する必要があります。毎回同じ事を繰り返してようやく頭に入る人がとても多いです。
Dakin’s Solution (Sodium hypochlorite)
それでは創床をDakin’s Solutionで洗浄するのはどうでしょうか。
Dakin’s Solution (Sodium hypochlorite/NaCIO/NaOCI) は、いくら希釈されているとはいえ、漂白剤/ブリーチです。というと患者さんはびっくりしてしまうのですが、でも、この液には希釈に加え、重曹(soda)でバッファされているので、pHは0.5%(full strength)で12で、通常、創傷の洗浄に使用されるのは1/4 strength (0.125%)なので、6くらいになっていて、安全に、かつ、菌を抑えるのに最適で、頻繁に使用されます。
水
水のpHにはばらつきがあって、6.5~8.5です。
創傷の洗浄にはN/Sが基本とされてはいますが、研究によると、デブリーメントをする際は、圧を同じにした場合、ボトルの水でも、N/Sと同じ成果が得られるとされています。
患者さんが退院される際、またはクリニックから帰られる際、N/Sのボトルを一本あげたりするのですが、ほとんどの患者さんが、「これが無くなったらどこで買えるの?」と聞きます。
その際は、大体、「N/Sにこだわるのなら、お店でSaline Washという商品があるけど、普通のボトルのお水でもいいですよ」と言います。時々「でも、訪問看護師に絶対にN/Sじゃないと駄目と言われた」とか言われることもありますが…。
シャワーの水
創床に安定感が出てきたら、シャワー時はドレッシング材とかを全部外して普通にシャワーしてね、と言いますが、①創傷部分をあえて石鹸つけて洗ったりしないこと、②シャワーの水が上から流れてくる感じでオッケー、③お湯に浸からないこと、④シャワーヘッドを創床に向けて直接水又はお湯を当てないこと、⑤シャワー後は創床を水かN/Sでリンスしてガーゼで軽く押さえて水分を取って、ドレッシング材なりをあてること(傷による)、等の説明をします。
シャワーヘッドを創床に垂直に当てちゃうと、圧が強すぎて、創床表面の菌が中に押されて入り込んでしまうので、それはしないでね、と説明します。逆に菌にやられてしまう結果になってしまいます。
また、シャワー時は、ドレッシング材を覆って完全防備みたいにしてシャワーされる方がいますが、ドレッシング材も全部外していいですよ、と言います。(傷によっては出来ない場合もあります)。そうした方が傷の治りが良くなるようです。
Ag(シルバー/銀)製品(ドレッシングとか)使用の際
最近多く出回っているAg製品。ドレッシングがあったら、そのAgバージョンが必ず出るくらい。シルバーは、創傷がインフェクションっぽくない限り、基本的に使用する必要はないと言われていますが、感染予防みたいな感じで結構頻繁に使用されています。
医師はそれでもいいですが、私は看護師なので、使用するにはそれなりに理由を述べないといけなくて(Agのドレッシングは私の勤務する病院では特別購入なのです)、インフェクションっぽい、とかの理由がない限り、Agのドレッシングは使用しません。
ドレッシングは、通常、一回だけの使用じゃなく、連続使用になるので、となると、追加の購入をお願いする、ということになります。
前置きが長くなりましたが、Agのドレッシング使用の洗浄には、Normal Saline (NaCl)ではなく、Sterile Waterです。AgとClが化学反応を起こして、Agの働きを阻害するから、という理由のようです。でもN/S使用時でも、ガーゼ等で創傷を軽く押さえて水分が無いようにしたらそれ程の影響はないようです。でも、Ag製品は、水分でActivateさせないといけない物が多く、その際に使用される水分はやっぱりNormal Salineではなく、sterile Waterです。創傷からのドレナージが見込める場合は、Activate用の水分は要らないです。
以前患者さんが、他の医療施設で、Agのドレッシングを貼ってもらって来ていて(肌に茶色のステインが付くので割とすぐにわかります)、聞いたら、医師は水のスプレーボトルでスプレーして使ってたよ、ということでした。本当はスプレーが一番いいのですが、スプレーボトル自体のケアも必要になります。私の周りではインフェクションコントロール上、スプレーボトルは、多分却下かな、と思います。
Agのドレッシングは、水に浸けてから使ったり、また、水に浸けないで下さい、と書かれていたり、様々です。そして、Activateとか一切しないで使用する人(看護師も医師も)も多いです。バイオパッチもAgのはActivateが必要ですが、きっと多くの人はしてないと思います。
余談
水と言えばですが、医療現場で市販のボトルの飲み水よりもいい水があるのは透析センターです。透析センターでは体内に入れる水を厳しい管理で守っていて、水が命と言っても過言ではありません。4時間毎に水のチェックをして、水質に異常が見られたら、再チェックをし、それでも異常が同じく出たら、全ての透析を中断しなければいけません。透析を中断するということは、それで生きていられる患者さんには死活問題なので、水の管理はもう一番プライオリティが高いです。
というわけで、透析センターの休憩室で飲むコーヒーやお茶は、最高の水で…と思いきや、それはお店のボトルでした…笑。公私混同できませんからね…。